立ち止まらずに今日まで駆けてきた。出会ったころの色は鮮明で、四季のどれをとったって美しい光景が刻まれている。恋していた。愛が熱かった。熱を帯びた感情を、俯瞰するように確認している今よりずっと、それは恋愛だった。
若さが懐かしかった。
それでも、ここから眺める夕暮れは変わらなくて、美しい赤が目に染みる。
「風邪ひきますよ。そんな薄着で」
きっとかれは困ったように笑っている。こっちにくるまで、見てやらない。
榎木津ビルヂングの真下に通る三〇二号線は、昔より人がまばらになったと思う。それでも駅近だし、古書街から流れてきた人がぱらぱらと歩いている。
屋上に置かれたベンチに、榎木津は座っていた。
益田は最近買ったフリースを榎木津にかけてやり、夕暮れを見ながら少しだけ立ちんぼする。本当は忙しい榎木津を捕まえて、会社に戻さなくてはいけないのだけれど、夕日があまりにもあの頃と変わらなくて、見惚れてしまっていた。
「なにぼうっとしてるんだマスヤマ」
「年かなあ、夕日が綺麗で」
かすむ目を擦りながら、痛む腰をかばって益田はベンチに座った。
「老けましたねエ」
そういって空を眺めていた。視線を感じる。榎木津は益田を見つめているらしい。昔から変わらない澄んだ鳶色で。
「なんですか、そんなに」
八重歯を覗かせて益田は照れた。
「お前は変わらんな」
「そうですか」
「うん。そう」
そういって榎木津も空を見上げた。
右手と左手が触れて、しわくちゃの皮膚を、包むようにかれは握りしめる。
あたたかい。
繰り返されてきた触れ合いになれたはずなのに、益田はまた耳に血が集まるのを感じた。触れて、握って、寄り添って、それから、キスをした。昔はそうだった。
「昔みたいに、出来ませんね」
二人とも、ただ普通の老人になった。その筈だった。
「みろ。カメラが付いている」
いきなり榎木津はポケットから折りたたまれた携帯をとりだして、益田に見せびらかした。
「新しいもの好きですねえ」
先日発売した新型の携帯には、丸い小さなレンズがついていて、そこから写真を撮れるものらしい。
「撮ってやる」
「え、いいですよ」
「笑う」
カシャリ、と電子音が鳴って、どうやら撮影は終わったらしい。
「ほうら間抜け顔」
「やめてくださいよ……ああほんとだ写真ですねえ」
近づいて覗き込むと、携帯の小さな画面に、益田の困った笑顔が浮かんでいた。技術の進歩は素晴らしいと思う。あの頃夢物語だったことが、実現できている。世紀を超えて、今日まで生きた。
「すごいで――」
顔を上げると彼が待っていて、くちびるに触れられる。昔と同じ、触れ方だった。
「ちょ、ちょっと」
「お前は変わらないな」
「じじいになにするんですか」
益田は夕日と同じように体温を上げて榎木津を見た。もうそんなこと、する年じゃない。だけれどそんな考えは見透かされていて、榎木津は笑いながら益田の頭を撫でる。あの日々と、同じように。
「いつだって、今、だろう」