榎益R18
榎木津礼二郎は益田龍一にとって絶対だった。他の何物にも代えられない、唯一無二のおとこ。それは宇宙の摂理に近い。かれの為に生きたいし、かれのために死にたかった。平生はそんなこと微塵も表に出さないのに、体の奥では狂信的な熱望が渦巻いている。
規定できない熱量。
だから、からだを差し出すのだって、当然の行為だった。
「あぐっ、あ、あ、ひ」
「は」
薄暗い部屋に差し込むのはカーテーンで遮られた光。きらきらと埃を小さな星にして、日光の残骸は裸のおとこの背中を切り取る。益田はシーツに爪を立てて、迫る快楽を指先で逃している。こえがでてしまう。この建物にいる人間に聞かれてしまう気がして泣きそうになる。榎木津の肉は益田の体に埋まって、律動運動で益田を揺らす。これが快楽になるまでどれくらいたったのかわからない、益田は漸(ようや)く掴んだ甘い快楽を痛みの上に塗り込めた。
「あ、あ、んあっ! あ!」
宇宙まで飛んでいきそうになる。抽迭(ちゅうてつ)が早くなって、きっといま榎木津は高まっているのだろう。益田はそれが嬉しかった。自分を使って榎木津が良くなるのなら、そんな喜びなど他にない。自分が榎木津にかかわって、それでかれが充足するのなら、益田はきっと何だってした。与えられるものなんてないのに、喜びがある。
「マスヤマ、」
それが合図。
「あ、ひ、!」
シーツに顔を押し付けて喘いだ。一等深く抉られて、痛みと快楽が綯交ぜになって腹の奥から喉を貫いていく。律動が止まって仕上げをするように結合部が深くなる。どくどくと脈打つのは榎木津の精管で、そこから今、何億もの星に似た精子が益田の肚に送り込まれている。行き場所のない榎木津の細胞が、益田の内壁に触れて、もしかしたら取り込まれるのかもしれない。それを想像して益田は嬉しくなる。益田は榎木津と一つになりたかった。全てを破壊するかみさまの目になって、世界を見下ろしてみたかった。
「あ」
ずるりと性器を引き抜かれて、孔からたらたらと淫らな液体が益田の股を伝う。たしかに榎木津は射精して、欲望を発散させたんだとわかると、益田は安心した。
「ん」
榎木津は顔を上げた益田のくちびるに触れて、部屋を出ていく。
まるで恋人にするような仕草で、益田は密かにそれを毎回待ち望んでいた。
「益田君、痕ついてるよ。くび」
「へ」
酒が入ったコップをテーブルに置いて、益田は青木が指す首元を押えた。
「お熱いことで」
「そんなんじゃ、ないです、よ」
益田は慌てて否定する。
「なんで? 付き合ってるんでしょう。榎木津さんと」
「そんなんじゃないです」
青木は益田の秘密を知っている唯一の友人だった。というのも榎木津に抱かれたことをうっかり酔った勢いで喋ってしまったから、益田と榎木津の関係を知っている。
「好きって云われてないの」
「すき、って」
益田は俯いてその言葉を咀嚼する。すき、なんてかれに似合わない言葉だと思う。
「好きとかそういう次元じゃないんです。あのひとは僕に、なんの、感情も持って無い。というか、僕なんか好きになっちゃだめでしょ。榎木津さんですよ、僕は、かれの下僕です。掃いて捨てる程いる、信者です」
「そうなの」
「僕は道具で、その、使われてるだけ、で、……それだけ」
「でも益田君は榎木津さんのこと好きなんでしょう。それは知ってるの」
「す、き、――だ、なんて」
益田は酒を注がれたように真っ赤になって、首元を擦った。
「そんなこと、絶対、云わない」
「なんで」
「云ったって、仕様がない、でしょ」
「苦しくないの」
益田は息を詰まらせていた。確かに榎木津へ莫大な感情を持っていることはわかっている。けれどそれは自分の中に閉まっておくもので、表になんて無様で晒せない。自分なんかが思いを寄せていい相手ではない。ぐわんぐわんと意識が宇宙のように膨張していく。きっと榎木津は益田が好きだの愛してるだの云わないから体の関係を持っているんだと思う。煩わしくしたくなかった。ただ体のうえを滑っていく関係。云ってしまって、終わってしまうのが怖かった。漸くからだが慣れてきたのに、甘い蜜を手放してしまうのも悔しい。
「こういう、役目、なんです」
「益田君」
青木は静かに益田を見つめていた。
「泣きたいときは胸貸してあげる」
そういって年上の刑事は益田の頭を優しく撫でていた。益田は今にも泣いてしまいそうで、乾いた喉を湿らすために、ぬるくなった酒を呷って、困ったように笑った。
夢を見る。
かれが自分を選んで、手を繋いで夜をわたる。全てを見透かす宇宙の瞳の奥に、自分を映して、その瞳はきらきら光って、どこまでも美しくて、そうして正しい。おとこらしい指先が頬を触って、すきだよ、と恋を注ぐ。自分だけがそこにあって、自分だけを欲されている。
好きです、と云って、許される夜。
その瞬間、これは幻想だとわかって、世界が壊れていく。
「榎木津さん」
泣きながら目を覚ますのは自分の部屋で、冷たい夜が空を抱いている。
夢は欲望だという。だったらなんて汚い欲望だろう。叶うはずのない現実を見せるなんて、酷い夢だ。体の奥が疼く。そういう体になってしまった。それだけでいい。それだけ、赦されているのなら、生きていける。
かれには美しいひとが似合って、いつかそのひとは現れて、二人して正しく笑いあう。自分はきっとそれを祝福しながら、心の奥で泣くのだろう。おんなでなくて良かった。そうしたら叶うはずのない恋を妬むことになっていただろう。おとこであったから許された関係があることを、このとき益田は漸(ようや)く理解した。
現実を歪めて、それを縁(よすが)に生きていく。自分にはそれしかないことを、益田は知っていた。
「は、えの、きづさ、」
首元を食まれて、きつく吸われていく。きっとまた痕が残っているんだろうな、とぼんやり思いながら益田はくらい寝室の天井を眺めた。
肉体だけがここに在った。
榎木津の柔らかい和毛(にこげ)が触れて、かれの匂いがそこから香り立つ。香水のような甘い匂いが鼻腔を満たして、益田はその香りが好きなことをいまさら知る。
榎木津が好きだった。かれの牡も、言葉も、暴力でさえ好きだった。飽きられるまで、遊ばれていたい。見放されるのが怖かった。
「す、き」
くちが勝手に開いて、漏れ出た言葉を聞いてから、益田はなんて零したのかを知った。
「マスヤマ」
「は、あの、違うん、です」
零れたものは戻らないのに、益田は急いでくちを塞いでこちらを覗く榎木津に首を振った。
「もう一度云って」
「ちが、違う、あの」
榎木津は正しい瞳で益田を覗き込んで、その先をねだる。何もないのに差し出せと命令するのは、酷いことだ。
「すき、なのは」
「ほんとか嘘か、はっきりしろ」
「セックス、が、好き、って、こと、で」
益田は身じろいで、榎木津の瞳から逃げた。
「ぼく、え、榎木津さんに、抱かれるの、が、すき」
嘘ではなかった。それは真実(ほんと)だ。
「は、やく、欲しい、です、榎木津さんの……」
益田は笑って見せて、榎木津の性器を布越しに触って見せた。そこには眠った欲望が確かにあって、これから、きっと、自分の体を貫いてくれる。
「マスヤマ」
榎木津は服を脱いで、裸になった肌を益田に触れ合わせた。
「それなら取って置きをあげる」
「あっ」
榎木津は益田の中を暴いて、ゆびさきを内壁へ滑らしていく。
「あっ! い、あ」
「ここ、好きなところ」
「は、や、だめ、あっ」
その一点を触られると、たまらない微弱な甘さが体の中に満ちていく。弱いところだ。淫らなこえが漏れて、それを止められない。益田の性器はぴんと立ち上がって、鈴口からとろとろと先走りが溢れていくのがわかった。榎木津の指は離れていかなくて、ますます益田の体は熟れていく。
「あっ、ああ、え、の、きづさ、」
「好きなんだろう。ほら、いやらしいかおしてる」
「や、見ない、で」
「隠すな」
顔を覆おうとした手を掴まれて、益田は蕩けた顔を隠せない。酷い顔をしているのだろう。涙が溜まった眼窩の向こうに、こちらを覗く正しい顔がぼんやりとある。恥ずかしかった。淫蕩だと云っているようなものだ。セックスが好きだと云ってしまったのだから、きっと榎木津はそう思っている。淫乱で、酷いことが好きで、後ろでよくなる、おとこ。そうじゃないのに。快楽が欲しいのではなくて、ただ、かれだから。榎木津だから、益田は欲しかった。それは絶対で、相対的なものではない。どんなものでも、それなら愛せる。
「ひ、あ、んあっ!」
「もっと欲しい?」
榎木津はぐずぐずにした指を引き抜いて、泣きそうに溶けた顔をした益田を覗き込んだ。益田の肚は先走りでべたべたに濡れていて、体の奥はもっと欲しくて疼いている。そんなの答えは一つしかないのに、意地が悪い。
「欲しいか、要らないか、云って」
「ほ、欲しい、です」
「何を、欲しいか、云って」
「は、ぐ、……なに、を」
益田は赤面して、後ろに宛がわれた硬い肉を意識した。榎木津の牡は完成してそこにあった。恥ずかしい言葉。おねだりして見せるなんて、まるで淫蕩な娼婦だ。恥曝しをしている。
「え、えのきづ、さんの……」
喉が渇く。榎木津は正しい目をして益田を見据えていた。鳶色の目がくらく光って、確かにそこに生きている。益田の淫らを、所望している。
「かたいの、硬くて、おっきいの……」
「なあに」
「ひ」
榎木津がわざとらしく益田の股に擦り付ける。欲しい。熱い質量でからだをぐちゃぐちゃにしてほしかった。ちゃんと云わないと、貰えない。すっかり思考が淫らなそれになっている。
「ち、ちんちん……ください、ちょうだい」
「ん」
「あぐ、あっ!」
ぐずぐずに蕩けた肚の底を、意識した肉が貫いていく。
「あ、あ、あっ!」
「ほら」
「ひあっ!」
「欲しかったんだろ」
「ああ、あっ! いっ、あぐ、あ、!」
いつもより早く揺らされて、いつもより深く穿たれる。快楽が早くて、置いていかれそうだった。シーツに爪を立てて、行き場のない衝動を逃がす。セックスが好きだと、榎木津は益田のことをとらえたから、こうやって虐めるのだろうか。恥ずかしかった。それでもこえは勝手に漏れ出て、快感を榎木津に伝える。
「マスヤマ」
「ひ」
頸動脈に噛みつかれて息が止まる。そのまま貫かれて体の深いところを抉られた。脈拍。痛み。快楽。かれの荒い息。銀河のようにすべてが走って行く。いま、自分の中で果てている肉がある。それをおもうと益田はすべてがどうでもよくなって、かれの為にここに在ることに安堵を覚えた。
「よかったか」
「は、い」
「もっと欲しい?」
「は、あっ」
挿入されたまま体を回されて、益田は腹這になった。
「ほら」
「あぐ、あっ」
抽迭が再開されて、敏感になった体内がかき混ぜられる。終わったと思った行為が延長されている。かれの肉がまた大きくなって、やわい肉を抉っていった。
「あ! ひ、」
正常位とは違う角度が、益田の好いところを攻めていく。たまらない。何かが来てしまいそうだった。それが何かは知らない。もう射精はした。射精とは別の限界。何かが零れてしまいそうだった。
「あ、えの、榎木津さ、だ、だめ……っ」
「そんなかおしてるのに?」
「ひ、こわい」
榎木津は益田の片足を抱えて、松葉崩しの体制にした。より深くつながる体位。益田の知らないその先にまで、榎木津の肉が侵入していく。
「ひあ、あ! あ、あ、だめ、くる、!」
ずぐずぐと一等深い部位まで突き上げられて、益田の体に知らない快楽が溢れていった。
「ああっ――!」
絶頂。射精より深い快楽。体の奥が開かれて、甘い快楽が体の端々まで広がっていく。抗えない。止められない快感に、ただ喘ぐしかできない。
「いったの」
「あ、あ、ひう、」
「マスヤマ」
榎木津は益田を覗き込んで、張り付いた髪をより分けながら、そのくちびるにくちづけをした。やさしい触れ方。慈愛のような柔らかさがあった。
榎木津から汗が降って、かれの匂いが益田に沁みていく。
「お前が好き」
「は」
榎木津はただ平然としたかおで益田に小さく告げた。
夢に見た言葉。
嘘だ。そんなの。
困る。
榎木津は益田を好きにはならない人、そう決まっているのに。二人の関係はただの肉体だけを介在していて、それ以上の何物でもなかった筈なのに。
「云ってなかったから、いま云う」
美しい笑い方をする。そんなかおから宣言されるのは、神聖な言葉に決まっている。
「お前が好きだよ」
本当の感情か、嘘なのか、わからない。もてあそぶための純真な嘘ならよかった。けれどかみさまは嘘を吐かなかった。それを益田は重々承知していた。
「だめ、です」
自分から一方的に感情が向いているものだと思っていた。
「そんなの、だめです」
きっと普通なら喜ぶ言葉の筈なのに、益田はそれを受け取ることができない。益田は自分に資格がない事を知っていた。美しい人に選ばれる選択肢などない事を知っていた。だからこれはいけないこと。益田は泣いていた。
「泣かないで」
そんな優しさは知らなかった。もっと唯我独尊でいて欲しかった。榎木津の指先が益田の涙を拭って、その矛盾をはらっていく。益田が差し出すのは体ばかりで、自分の中の煮詰まった感情なんて手渡せない。従わない自分を殴って欲しかった。殴って、好きになれと命令されたのなら、その言葉に従えるのに。
「それでも僕の気持ちは変わらないよ」
榎木津はあたたかくて、いい匂いがして、触れ合う肌がなめらかだった。まるで普通の人間のおとこのようで、益田はその事実にまた、涙を流した。
益田は住宅街の奥にある寂れた公園で空を見上げていた。もう調査が終わったのだから帰らなくてはいけない。けれど探偵社に帰ったらあの人がいる。会いづらかった。かれの言葉を否定してしまう日が来るなんて思わなかった。いつまでも命令に従って、役に立つ人間になりたかったのに。
「探した」
「え、榎木津さん……」
顔を沈めたらそこにかれがいた。何処に行くとも告げていないのにどうして居場所がわかったのかわからない。探偵だから。かみさまだから、わかってしまう。
「迎えに来てやった」
「あ、ありがとうございます……」
榎木津はなんでもないように益田の隣に座って、益田を見つめてみせる。落ち着かなかった。何をしゃべればいいのか、わからない。
「僕は」
益田は地面を見てつぶやく。
「嫌われてたって、感情がなくたって、あなたになら、何されても、いいんです」
うまく口が回らなかった。それでも益田は続けて口を開く。
「僕がおとこで、おんなじゃないから、だから、抱いてくれるんですよね。僕は孕まないし、丈夫だし、酷くしても平気だから。ただの道具で、代替はきく、人間で――そうおもっていましたし、それで、いいんです」
「マスヤマ」
呼ばれてかれをみると、いつもとは違った静かな顔で益田を見ていた。
「おとことかおんなとか同じことだ」
静かな顔は美しくて、益田は見惚れた。
「お前がお前でなくたって、僕はお前を選ぶよ」
それは告白のように益田の体の奥に響いた。そんなことあってはいけないのに、益田は物語の主人公のように言葉を静かに飲み込む。
「僕が悪かった」
「榎木津さん」
そんな言葉は榎木津に似合わなかった。益田は榎木津が何かに謝るなんてことは知らない。
「僕が最初からお前に告白していればこんなことにならなかったね」
「そ、そんなこと、いわないで、ください」
益田は知らない人間を見るように榎木津を見た。これはかれなのかどうか自信がない。益田の中の榎木津にひびが入る。
「榎木津さんは僕の理想です――だから、榎木津さんは、僕を、好きになんかなっちゃいけないんです」
益田はまた泣きそうになった。我慢が出来ない。知らない榎木津を知ってしまうのが怖かった。それはいともたやすく理想を破壊していく。
「お前は僕を変えることができないと云うのに、そんなこというんだから。僕の好きは僕が決める。それはちゃんとわかっているだろう」
「う」
「お前は自分に自信がないだけなんだよ」
榎木津から優しい言葉が出て、益田の首を絞めていく。
「好かれたっていい人間だよ、お前は」
自己が揺らぐ。肯定感を発掘される。認知が正されていく。榎木津に赦される。それらが益田に押し寄せて、理解を混乱させていく。
「だ、め」
益田はぽろぽろと、弱った脳から涙を流した。
「マスヤマ」
榎木津に優しく頭を撫でられて、子供のように益田は泣いた。鳥が遠くで泣く。もう夕暮れに空は染まっていた。
「僕を好きにならないで、酷くして」
ねじ曲がったこころを、治すのには時間がかかるのだろう。榎木津は息を吐いて、益田に囁く。
「かなえてあげる。僕は神だから」
くらい寝室でキスをした。深くて甘い、とろけるようなくちづけ。ベッドの海に押し倒されて、上気した顔を覗かれて、わるいかおで告げられる。
「酷くしてあげる」
「は、あ……」
益田は胸が高鳴るのを感じた。痛みと快楽を与えられる。榎木津に。やっぱりセックスが好きなのかもしれない。云えない快楽が欲しくて、それで従っているのかもしれない。
「あ」
服を剥かれて、晒された乳首をくにくにと刺激される。くちを塞いだ。色めいたこえが漏れ出てしまいそうだから。敏感な部位が濡れる。榎木津が胸をしゃぶっている。そこを性感帯にしたのはかれで、たまらなくなったのは自分だ。ころころと舌先で転がされて、遊ばれている。この愛撫は榎木津にとって楽しいのだろうか。もっと反応した方が喜んでくれるか知ら。疼く体の中枢を火照らせながら、益田はこえを我慢する。
榎木津が顔をあげて、触れるだけのくちづけをした。
「恋しい」
そう云いながら益田の下履きを脱がして、秘所を外気に晒す。性器は立ち上がり始めていて、益田の快楽を形にしていた。
「あ、ひあ、」
「ん」
後ろから榎木津の強(したた)かなゆびが益田の中を暴いて、中を探っていく。
「あっ」
「ここ」
性器の付け根の裏側を捉えられる。そこは益田が教えられた快楽の坩堝だった。
「あ、あ、あっ」
「いいか、わるいか」
「ふ、あ」
「云って」
榎木津はわざとゆるやかにそこをなぞって、決定的な刺激を与えないでいる。益田はおあずけをくらった犬のように、舌から唾液が垂れるのを感じた。
「いい、いいです、おねがい」
「ん」
「あぐ、」
ぐりぐりと押されて、益田の性器から先走りが垂れていく。体の奥に快楽が溜まっていく。それは絶頂までの貯水だということを益田は教えられていた。
「は、ぼく、ここ、好きい……」
不純な顔で蕩けている。シーツに皺を作って身悶える一連の動作が、ゆっくりと誘う様に再生される。
「え、のき、づさ、ん」
恥ずかしい姿を見せていることに、興奮している。欲望と理性が綯交(ないま)ぜになって、どれが本当の自分なのかわからない。益田は腕で顔を隠して、しだらない表情を隠ぺいした。
「かお、見せて」
「は」
榎木津に腕をどかされて、目と目が合う。美しい顔が小さく笑っているものだから、益田はそれに見惚(みと)れるしかなかった。
「お前、キス、すきだろう」
「は、ん……」
体の奥の弱いところを触られながら、舌先を絡める。榎木津は益田の胸の突起も触って、益田を三方から刺激して見せた。
「ん、ん、ふあ」
「きもちいい?」
「ん、はい、ふ……」
「舌が甘いね」
「あ、あっ……えの、きづさ、ん」
「力抜いて。もっと気持ちよくなる」
「ふあ、あっ……」
キスから離れていった榎木津の顔は上気していて、濡れているようだった。益田は弱いところを刺激し続けられて、嬌声をころすことにしか集中できない。
「僕を好きになって」
それはかみさまの願いだった。いつもみたいに命令してくれればいいのに、願いは柔らかで、益田にゆだねられている。
「ぼく、は、榎木津さん、を好き、だけど、榎木津さん、は、僕を好きになっちゃだめです」
「酷いなあ」
「あう、」
榎木津は益田の足を抱えなおして、解された後ろに硬い肉を押し付ける。
「じゃあお前の体が好き」
「あ、あぐっ」
不純だ。
素直な欲望のかたちに貫かれていく。
「嘘じゃない」
「あ、えの、きづ、さ、あっ」
ゆっくりと揺らされて、体の奥が結合していく。焦らすようなグラインドが、余計に触れ合う肉を意識させた。
「お前の体が好きだから触れるし食むし舐める。抱きしめるし手をつなぐしくちづけだってする」
「そんなの、こまる、」
「お前の体が好き」
「あっ、んあっ!」
抽迭が速度を増して、体の中枢から脳天を快楽が走って行く。どこまでも止まらない欲望が、なみなみと注がれて表面張力で煌めいている。
「あ、あ、あっ!」
「は、マスヤマ」
「あっ!」
「ますだ」
ちゃんとした名前で呼ばれて、体の最奥を抉られて、かれが切ない顔をしたから、益田の体は絶頂した。それと同時に榎木津の欲望が体の中で弾けて、星が生まれるように闇の中を飛散する。
「ああっ――!」
甘い快楽が体の隅々まではじけ飛んで、新たな星が生まれたみたいにぐるぐると回る。こんなに気持ちよくなっていいのかわからなかった。榎木津から与えられた快楽なのだから、きっと許された甘さだ。それを感じるのが恥ずかしい。おとこなのにおんなみたいに体を熟れさせて、かれの下で痙攣している。
二人とも息を切らしていた。ぱたぱたと落ちる汗が益田を濡らした。榎木津の匂いがたちこめて、それだけで酔ってしまいそうだった。
「それならいいだろ」
「そんなの……」
「お前を好きになっちゃいけないなら」
静かな顔で榎木津は云った。
体が好きだなんて汚れている。榎木津はそんなこと云わない。そんなの不純で堕落している。益田がだめだと云おうとしてくちを開いたら、そこに指で作った銃口を押し込まれて、それを塞がれてしまった。
「ばきゅん」
「あぐ」
「いつか許さないお前を殺して、僕はお前を好きになる」
益田の上で榎木津が云うから、それはきっと神の宣託なのだろう。
「僕を好きになる、とか、どうかしちゃってる……」
「危険でもなんでもないよ。さ、僕が大好きな体を差し出して」
「あ、あ、あ!」
体が熟れる。絶対的な命令を受け入れる。弱いところを攻められて、甘い喘ぎを漏らすしかなかった。
「えの、きじゅさ、」
「取って置きで、抱き殺してあげる」
「ひあ、あ!」
榎木津は益田の足を抱えて、角度を変えて結合を深くする。届かない最奥まで、榎木津の肉が届くようで、益田の頭はぐるぐると浮遊していた。
夜の部屋に星星が散って、二人だけの大宇宙を作っていた。