凪茨リレー小説企画

凪茨リレー小説:お題『ホワイトデー』
順番に小説を書いていく遊びです。

このページに小説が増えます!
\\\\完走しました////
(220225-220307)

執筆者

  1. 琉 
  2. うとき 
  3. お茶々姉 
  4. 天城みつ 
  5. 秘みつ。 

リレー小説

  1. 大きな愛への返し方 by 琉
    【手渡しできず申し訳ありません。後日時間を作りますのでご容赦を】
    そうバレンタインの日に凪砂の自室にそっと添えられたメッセージカードの上に貼られた付箋と綺麗にラッピングされたもの。誰が書いたかなんて文字を見ただけでわかる。メッセージカードを撫でるとほのかな薔薇の香り。添えられたチョコレート菓子は恐らく茨の手作りだろうことは分かっている。それを時間をかけて大事に食べた。茨が凪砂に対して好きだとか愛しているとかそういった言葉を伝えることに抵抗があることも分かっている。だからこうしてメッセージカードやチョコレートに思いを込めてプレゼントしてくれたとこが何よりもうれしくて宝物で。凪砂はそのメッセージカードをいつも持ち歩くようになった。
    もう少しでホワイトデー。直接手渡しはされなかったけれど、茨からの心のこもったチョコレートのお返しをしなくては。いろんなお店を茨の目を盗んで回ったり、日和に相談したりと悩みながらも楽しい時間を過ごした。

    休憩にと入った日和行きつけのカフェ。美味しい紅茶を飲みながらスイーツを口に運ぶ。その甘さで今までの疲労が少しずつ溶かされていく。ほっと息を吐いた。
    「凪砂くん、茨にあげるものは決まったのかね?」
    「……まだ。」
    「そう。どういうものがいいの?」
    「……分からない。茨は何が好きなんだろうって思ってしまって。茨はあまり欲しいものとかここに行きたいとか何も言ってくれないから。」
    「あの子、自分のことに関すると途端に無頓着になるから駄目だね。物欲がなさすぎるね!!」
    「……うん、そこも可愛いところなんだけど……。」
    しゅんと頭を下げる。茨からバレンタインにチョコレートをもらったと、とても嬉しそうに日和に報告してくれた凪砂がとても幸せそうで、日和もよかったねと抱きしめたことを昨日のことのように思い出せる。その時に一緒にもらったメッセージカードも、茨に会えない時はそっと取り出して愛おしそうに眺めたり、書かれた文字を撫でているところも何度も見ていた。
    「茨には何が欲しいって聞いてみたの?」
    「……うん。聞いたけど『そんな!直接お渡しできなかった自分にお返しなど!!!そのお気持ちだけで十分であります!!』って」
    その言葉に日和は頭を抱える。確かに茨が言いそうなセリフだ。凪砂と交際はしているけれど、恋人らしいことは何もできていない。
    「じゃあ凪砂くんは、ホワイトデーに茨と何がしたいね?」
    「……私、が?したいこと」
    「そうだね!茨に欲がないなら、凪砂くんが茨としたいことをするといいね!ホワイトデーに時間を作ってもらうとか。茨もバレンタインデーにチョコを手渡せなかったことを少なからず悪く思っているのなら、凪砂くんと過ごす時間作ってくれるはずだね!」

  2. 確かな甘さを頂きます by うとき
    日和と別れると、凪砂はいそいそと茨の元へと向かった。茨はいつも通りソファでタブレットを弄っており、コーヒーの入ったマグカップの取っ手を片手で持っている。凪砂が話しかけると、茨はタブレットを弄りながら「なんですか」「どうしましたか」と答える。その素っ気なさが何だか寂しくて、凪砂は頬を膨らませながら茨の隣に座った。
    「茨、3月14日って空いてる?」
    「まあ、空いていますけど……」
    凪砂がそう言うと、茨はタブレットを弄っていた手を止める。茨も凪砂がそう言った理由は、何となく分かっていた。
    (ああ~、これ絶対ホワイトデー関連だ…)
    面倒臭い、とは言わない。ただ茨には、凪砂が自分に対して何をするのかという一抹の不安があった。凪砂の行動はそう思わさざるを得ないほど、突発的で、奇想天外なのだから。もしかしたら特大のバケツプリンを贈ってくるかもしれないし、総合栄養食味のチョコレートでも作るかもしれない、はたまたそれ以上か。しかし凪砂は茨の予想とは裏腹に、普通のお誘いをしてきたのだ。
    「よかった。実は一緒に出掛けたい居場所があって」
    「なるほど、その場所というのは?」
    茨がそう言うと、凪砂の綺麗な顔に焦りが見える。場所が場所によっては凪砂の為に色々な物が必要だろうと身構える。
    「え、いや……内緒だよ」
    「そうですか、では楽しみにしていますね」
    当の本人から秘密にされてしまっては、策を講じることが出来ない。茨はその場では適当に笑っておいたが、すぐにタブレットの検索エンジンで【ホワイトデー デート 場所】と検索する。狙いを定めて戦略を考える。久しぶりの感覚に茨の口角が徐々に上がっていくのを感じた。
    (さあ!どんな場所が来ようとも、準備は万全であります!)
    しかし戦略を考えることに燃えたぎっていた茨は、とある部分を見落としてた。【ホワイトデー デート 場所】と検索する前に検索候補として、【スイーツビュッフェ ES周辺】と凪砂が検索していたことに。

    3月14日、タブレットに場所の答えが示されていたにも関わらず、陳列されたスイーツに茨は立ちくらみがしそうでだった。一日を出掛けるのに使うと聞いていた内から、どこかで食事をするのだろうと確信はしていた。しかし食事がメインだとは、全くの予想外であった。頭の中でカロリー計算をするが、この大量のスイーツを見ては処理が追い付かない。糖質・脂質、この2つは接種分をオーバーすることは間違い無しであろう。
    「閣下、その……ここは?」
    「日和くんの…巴財団が経営してるホテルのスイーツビュッフェだよ。今日はプリンフェアしているみたいだから沢山食べようね」
    すっと凪砂が差し出してきた銀製のスプーンには、ひきつった自分の顔が写っていた。食べる前から随分と胃もたれがしそうだった。
    「閣下。閣下が食べるスイーツは、自分が決めさせて頂きます!」
    ひょいっと凪砂から皿を奪ったが、意に反して不服そうな顔をしない。それどころか凪砂はにこにこと笑って、「いいよ」と納得する。凪砂はチョコレートが好きだし、それどころか制限されている甘いものは大好物の領域だ。それなのにこのスイーツだらけの状況でそんなことを言うとは思わなくて、思わず首を傾げる。
    「茨。最近健康診断で引っ掛かったでしょ、体重」
    「どうしてそれを…」
    「それに自分が好きなお菓子をジュンにあげてたし、食事とかも後回しにしてる。だから私、茨が食事をすることを楽しんで欲しいって思ったんだ」
    「閣下…」
    凪砂の言うことは、全て本当のことであった。仕事が忙しいのも理由の1つであったが、むしろ忙しいのをいいことにあまり食事というものをしていなかった。コーヒーだけでお腹は膨れるし、サプリメントで必要な栄養素が補える。体調管理は徹底的にしていたつもりだったが、さすがに体重の減少までは対処することが出来なかった。
    スイーツビュッフェだけにスイーツに圧倒されていたが、よくよく見れば普通の食事のコーナーも併設されていた。これも凪砂なりの計らいなのだろう。凪砂から奪った皿を、茨はそっと返す。そして凪砂に表情を悟られないように、茨はそっぽ向いてこう言った。
    「今日くらいは、自分で好きなものを選んで食べても大丈夫ですよ。
    自分も……罪悪感無く食べますから」

  3. 素直な気持ちで by お茶々
    それぞれが思うままに甘味を乗せて、テーブルを彩る。
    凪砂は蜜柑のタルトやショコラのテリーヌ、ショートケーキなど色彩豊かな物が並んでいる。
    一方茨はバスクチーズケーキ、マカロン、アラモードといった普段ならカロリーや食するのに要する時間の効率を考えて選ばないような品々も僅かな興味を頼りに選ぶ。
    「閣下、お選びになりましたか」
    「うん、一先ずはこれで大丈夫。いつも見かけないようなものが茨の手元にあるってなんだか面白いね」
    「物量や種類を考えると閣下も同じ状況でしょう。さて、歓談も良いですが時間は有限であります。無駄なく自由に、楽しみましょう」
    茨は投げかける微笑みの裏でひっそりとこうして心の赴くままに食べるなんていつ振りだろうなと振り返る。
    思考しながらも誘惑を一口、穏やかな甘さが乾いていた体に染み渡る。ふんわりと優しくて心が落ち着く。
    いつしか食に関して無頓着になっていた茨には正確にいつかなんて思い出す事は出来なかったが、こうして凪砂と一緒に食べるスイーツほど甘く感じる物はないだろうと感じていた。
    凪砂も隠し味はコーヒーかな?などと一言ずつ感想を述べながら味わっている。
    いつも以上に嬉しそうな表情を見て思わず茨もつられて頬が緩む。
    「とはいえこのような時でも蜜柑やチョコのスイーツをお選びになるとは!閣下は好きな物への熱度が素晴らしいですな!」
    「ふふ、それは茨も一緒だよ。ほら」
    「と言いますと……?」
    「……プリン」
    凪砂が指をさしたのはテーブルの隅でも存在感を放つ少し大きめのアラモード。
    その中央にはホイップの乗ったプリンがたたずんでいる。
    確かに思い返せばスイーツを食べるときにはよく選んでいるが、無意識だった。
    「あ……ああ、自分のような者の事までよく見ているとは流石閣下ですな!」
    「うん、私は好きな物の事はよく見ているんだ」
    茨の目をじっと見つめながら紡がれる凪砂の言葉にフォークを持っていた手が止まる。
    慈しみを込められた視線はまっすぐで、茨は本当に自分の事を大切にしてくれているのだと感じていた。
    少し恥ずかしく思えたが、それでも凪砂の気持ちが嬉しくて頬が緩む。
    こうして気持ちを伝えてくれる凪砂に何か自分もと思い、凪砂が喜びそうな物を脳内でリストアップしていく。熟考しようとしていると正面からの声に引き戻される。
    「……茨」
    「え……あっ、どうかいたしましたか」
    「茨今、考え事してるでしょ」
    「おっと、ばれていましたか!いやぁ閣下の前では隠し事は出来ませんな」
    「頑張るのも大切だけど、私と二人の時はありのままの茨でいて欲しいな」
    その言葉を聞いて茨は気付いた。
    別に上手くやろうとしなくても、そのままの茨でも凪砂は受け入れてくれるのだと。
    そしてそれならば今の自分に出来る精一杯をしようと。
    甘いひと時を味わった後、茨は思い切って口を開く。
    「閣下、この後も素晴らしい予定があるとは思われますが……これから少し変更しませんか」
  4. やられっぱなしでいられるか by 天城みつ
     制限時間いっぱいまでスイーツバイキングを堪能した。大変ご満悦な様子の凪砂がこの一二〇分間でどれほどのカロリーを摂取したのかと思うと頭が痛くなってくるが、今日に限っては茨も同罪なので文句と舌打ちは飲み下しておく。消化に悪そうだが仕方がない。
     ホテルのエントランスを出ると、そこには黒塗りの車がふたりを待ち構えていた。訝しむ凪砂をよそに、茨は当然のように車のドアを開けて乗車を促す。
    「では参りましょうか」
    「……どこへ?」
     シートに背を預けながら訊ねる凪砂に、茨はニヤリと笑って首を傾げてみせた。
    「閣下。まさかとは思いますが、自分が無策で今日を迎えたとでもお考えではないでしょうね?」
     ばたんとドアが閉まり、ふたりを乗せた車が走り出す。反撃開始である。

    「……茨。これ、どこに向かっているの」
    「言ってしまったらサプライズになりませんよ」
     乗せられた車は、窓を塞がれたまるで護送車のような車だった。運転席との間にも仕切りが設けられ、行き先を窺うことは難しい。本来は商談や密談に使用するこの『移動する密室』を、茨は凪砂を目隠しするために使ったようだ。
    「もう少しで到着予定ですので、それまで辛抱してくださいね」
     なだめるように贈られた唇には、まだ少しだけチョコレートの香りが残っている。
     十数分ほど経った頃、車が静かに停車した。運転席側から仕切りをノックする音を聞いて、茨が「着いたようです」と凪砂の腕をたたく。離れがたさをこらえた凪砂が腕を解くと、茨は軽く身なりを整えてから車のドアを開けた。
    「どうぞ、閣下」
     車を降りると、街はいつの間にかすっかり夕暮れ時に染まっている。見慣れない街並みだった。どうやらESの付近ではないらしい。
    「閣下。周りばかりではなく、どうぞ『上』を御覧ください」
     笑いをこらえたい薔薇の手が促すままに、凪砂は背後を振りあおぐ。そしてそこに建っているものが何かを認識して、感嘆の声をあげた。
    「展望塔……!」
    「はい! ではこれより、不肖七種茨が閣下を楽園ならぬ天空へとお連れいたしましょう!」
     いつの間に取り出したのだろう、二枚のチケットを手にした茨が大仰な仕草でエントランスを行く先と指し示した。
     チケットを切ってシースルーのエレベータで上階へあがり(凪砂は外を望むガラスにべったりとはりついていた)、展望デッキで日没を観測する。暮れゆく空を眺める凪砂の横顔に端末のカメラを向けると、凪砂はちらりと流し目をくれた。ベストショット。
    「……Edenのアカウントにアップする?」
     撮影した画像を確認する。橙から藍へグラデーションする空に、凪砂の銀髪がよく映えている。公開すれば間違いなく注目を集めるだろう。しかし茨は画像を保存すると、そのまま端末をポケットにしまった。
    「それは帰還後に検討いたしましょう」
     展望デッキから更にエレベータに乗った先に待ち受けていたのは、展望塔の外周を取り巻く回廊だった。壁はガラス張りになっていて、黄昏時の街に瞬く灯りの海をどこまでも見渡すことができる。わずかに黄色い十日の月を望んで、凪砂は傍らの茨を窺った。
    「……すごいね。デートみたいだ」
    「『みたい』もなにも、デートですよ。自分はそうでもありませんが、閣下はお好きなんじゃありませんか? こういう『いかにも』なヤツ」
    「……どうだろう。茨と『こうしていること』なら、好きだとはっきり言えるけど」
     手すりに置いていた茨の手に、凪砂は自らのそれを重ね合わせた。茨は何も言わない。凪砂は眉尻をさげて小さく笑うと、再び視線を夜景に漂わせた。
    「……ほら、茨。あれ、ESじゃないかな」
     凪砂の指さす先には無数の光があるばかりだ。つられてそちらを透かしながら、茨の眉間にしわが寄る。
    「方角的にはだいたいあちらでしょうが、ES見えますかね? ……あ、閣下! 双眼鏡がありますよ双眼鏡」
    「……茨、私、百円玉いれたいな」
     双眼鏡を覗く茨の横顔を、凪砂のカメラが切り抜いた。

  5. 匂い立つ愛 by 秘みつ。
    「……綺麗」
    「そうですね、あの一つ一つの灯に人々の生活が……」
    「ううん、茨が」
     端末のひかりで、凪砂の太陽がきらきらとひかっている。展望塔は夜に満ちていて、有料の双眼鏡の前に立った時に凪砂は茨をカメラで切り取った。それで綺麗だなんていう。
    「キザですね……」
    「気に障ったら謝るよ」
    「まあ、デート、です、から」
     それくらいは、と茨は目を逸らしながら凪砂にコインを渡した。凪砂は嬉しそうにそれを双眼鏡に入れて、可動の音を聞きながら遠くの夜景を眺める。
     バレンタインのお返し。
     ホワイトデー。
     ホテルのビュッフェから、展望塔へ。
     凪砂は食で満たしてくれた。
     茨は景観で満たしていく。
     二人きりの展望塔。
     互いに満ち足りていくのがわかった。
    「……見て、茨。ESが綺麗だよ」
    「そうでありますか。あのひかりひとつひとつ、残業の明かりであります」
    「現実的だね」
    「美しい夜景はそうやって作られるんですな」
    「感謝しなくちゃね……」
     凪砂は感心しながら双眼鏡を動かした。
     その横顔が美しくて、茨は凪砂の気持ちを少しだけ知った。愛しい人の嬉しさを見つめるということ。それが、何倍もきらめきを纏わせる魔法だった。もっと喜ばせたい、もっと幸せにしてあげたい。そう願わずにはいられない、大切な人。
     大切なもの。
     その存在を、茨は手にしたんだ、と、ぼんやり思う。
     好きだとか愛しているとか、そんなことばは、云えないけれど。
     ずっとそばにいたいと、茨は少しだけ息を吐きながら願った。叶えることしか知らない茨の、少しだけ弱い領域がそこにある。自分の野望は自分で達成させてきた。だけれど、運命は茨の環境を百八十度変えている。戦場からアイドルへ。そんな運命の翻弄を辿って、ここまできた。
     凪砂に出会うことが必然であるならば、離さないと伸ばす手を奪う運命もあるのかもしれない。それが怖いと――心のどこかで茨は知ってしまっていた。
     かみさまに見捨てられたこの身だけれど。
     どうか離さないでと、茨は小さく願った。
    「……茨、お城がある」
    「お城?」
    「……あそこ、いってみたいな。たのしそう。まだやってる」
    「はあ……、ライトアップされてるんですか?」
     そんな史跡あったのかと凪砂に呼ばれて双眼鏡を覗くと、そこには。
    「げ」
    「なに?」
    「……閣下……ええと、あれはお城ですが……」
     がちゃん、と双眼鏡の稼働が終わる。
    「……はやくしないと閉まっちゃうかも?」
    「あのお城は夜が本番なので閉まりませんね……」
    「へえ、そうなんだ」
     茨はどう説明しようか頭を抱えた。単刀直入にあれはラブホですと云ってしまって良いものか……閣下の夢を壊してしまうのも気が引けるし……。
    「茨」
    「はい、……んっ」
     抱き寄せられ、そっとくちを塞がれる。触れて、離れて、また触れて、深くなる。
     熱くなるキス。
     体の熱が交わっていく。
    「ふぁ、……閣下……」
    「ん」
     そっとくちが離れて、銀糸が伝って切れ落ちる。
     今、多分、とろけた顔を、している。
    「……チョコ、ありがとうって、ちゃんと云ってなかったね」
    「いえ……」
    「でもほらちゃんと時間を作ってくれた」
     そういって凪砂は、いつかのメッセージカードを取り出してみせる。それは茨が凪砂に渡した、バレンタインのカードだった。
    【手渡しできず申し訳ありません。後日時間を作りますのでご容赦を】
    「お持ちでいらっしゃったんですか」
    「……うん。茨の匂いがするから」
    「ああ」
     それは確かに薔薇の香りがした。いつも使っている香水を吹き付けたものだった。
    「閣下は嗅覚が敏感でらっしゃるので……」
     気がつくかな、と、少しだけ期待をした。自分だってキザなことをしている。
    「……でもやっぱり香りは失われていくね」
    「それでしたら、少々お待ちください」
     茨は胸から名刺を取り出して、その裏にメッセージを書き入れた。そうして、練り香水を塗り込める。
    「どうぞ。……ホワイトデーの、ええと、お礼であります」
    「……ありがとう、茨」
     凪砂はそのカードを受け取って、ゆっくり匂いを嗅いで、それから茨を見つめた。照れを隠している茨を、どうしたものかと微笑んでしまう。
     茨が凪砂に対して好きだとか愛しているとかそういった言葉を伝えることに抵抗があることを十分に理解している凪砂は、きっとこのメッセージにはそれに相応しい温度が込められていると、すぐにわかった。
    「……じゃあ、お城に行こう。きっと眺めはいいよ」
    「眺めるものは違いますけどね……」
     凪砂は触れるだけのキスをして、ゆっくり、茨を抱きしめる。カードの文字が、夜景のガラスに、ゆらめいた。
    【本日はありがとうございました。また来年も楽しみにしています】